「この子、最近言葉が変わってきたね」
娘の作文を読んでいて、ふとそう思う瞬間がありました。
文章のつなぎ方、言葉の選び方、問いに対する向き合い方──
以前とはまるで違っている。
でも、それは突然の変化ではありません。
静かに、しかし確実に、日々の暮らしの中で育ってきた“言葉の力”。
国語力は、塾だけでは育ちません。
テスト対策だけでも育ちません。
家庭での「言葉の質」と「会話の姿勢」こそが、子どもの言葉を形づくる母胎なのです。
🔍 国語力は“勉強”ではなく、“暮らし”で育てるもの
✅ 読解力・記述力は「日常の言葉」から芽を出す
国語の成績が伸びない。
記述問題で何を書けばいいのか分からない。
長文を読んでも、設問の意図がつかめない。
──こうした悩みは、「勉強不足」ではありません。
それはむしろ、「言葉に触れた経験の少なさ」や「家庭内での思考の浅さ」に根ざしています。
学校や塾では「問題を解くこと」は教えてくれますが、
「言葉で考える習慣」や「語彙の感性」は、家庭でしか育てられない領域なのです。
🏡 わが家の“言葉を育てる習慣”実例
📝 毎日、ノート1ページの日記を書く
わが家の娘は、毎日欠かさず日記を書いています。
テーマは自由。「学校でうれしかったこと」「猫の行動観察」「百マス計算で思ったこと」──なんでもいい。
でも、それを自分の言葉で、ちゃんと一文一文書くという習慣。
そして書いたあとは、必ず音読する。
「書いたものを声に出して読むことで、違和感に自分で気づけるから」です。
日記は“感情を言葉にする訓練”。
記述問題のような“正解がない問い”に対して、自分の考えを言語化する土台になります。
📖 朝の音読で、言葉のリズムと構文感覚を磨く
娘は毎朝5時に起き、音読をします。
百マス計算と漢字練習のあとに、短い文章を一つ選んで読む。
1〜2分でも十分。
音読は、「目・口・耳・脳」をフル活用する総合トレーニング。
- 読み上げることで、言葉のリズムが身体に染み込む
- 文と文の接続が自然に見えてくる
- 間違いに“気づく力”が育つ
これは、読解にも作文にもつながる“言葉の筋トレ”です。
🤔 「なぜそう思うの?」を、毎日の会話に入れる
日々の何気ない会話の中で、
「そうなんだね。で、どうしてそう思ったの?」
「反対の立場だったらどう感じると思う?」
──そうやって、“もう一歩踏み込んだ問い”を投げかけるようにしています。
これは、記述問題の出題者と同じ視点です。
なぜ? どうして? どのように?
問いに慣れた子は、文章を読んだときにも、自然と「問いの角度」を感じ取れるようになります。
読解力は、答えを探す力ではなく、問いを持つ力なのです。
📚 読書だけでは足りない。“言葉にして返す”習慣を
「国語力を伸ばすには、たくさん本を読ませればいい」
そう思われがちです。
でも、読書だけでは、言葉の力は“蓄積”されても“活用”されません。
言葉の力が育つのは、
- 耳で聞き
- 心で感じ
- 口に出し
- 自分の言葉で整理し
- 誰かに届ける
──という、**「言葉の循環」**が起こったときです。
そのためには、「読みっぱなし」ではなく、「話す・書く・考える」までを家庭内で回していく必要があります。
🧠 記述力を育てる“親のひと工夫”10選
| 工夫 | 説明 |
|---|---|
| 音読のあと「どんな話だった?」と要約させる | 要約力と論理力の訓練 |
| 感情を言葉にする習慣 | 「楽しかった」→「なぜ楽しかったか」まで聞く |
| 書いたものを親が読む・音読する | “伝わるかどうか”の意識が芽生える |
| 「もし◯◯だったら?」の仮定会話をする | 思考の柔軟性と構成力を鍛える |
| 感想ではなく「問い」を出す | 「どんな場面が印象的だった?」など具体的に |
| ことわざ・慣用句を使ってみせる | 表現の幅を日常会話で示す |
| 自分で「タイトルをつける」訓練 | 要点把握・創造力を育てる |
| 週に1回「思ったことを1段落で書く」時間 | 小さな記述トレーニングを積み上げる |
| 子どもと一緒に作文を読む | 他者の表現と比較する目を育てる |
| 読書感想文を“短く書く”練習 | 無理に長く書かせず、短く的確にまとめる癖を |
💬 娘に変化が見え始めたのは、「言葉が自分のものになった」とき
最近、娘が書いた文章に、こんな一文がありました。
「私は、その人の言葉の“静けさ”に、はっとしました。」
──「“静けさ”という表現、いつ覚えたんだろう?」
と驚いたのと同時に、
それが“自分の言葉”として出てきたことに感動しました。
言葉は、“学んだもの”ではなく、“生きたもの”として使われて初めて、力になる。
私たち親にできることは、
その“言葉が生まれる環境”を、丁寧につくることだけです。
✍️ おわりに:国語力とは、「思考力」と「生きる力」の総称である
国語は、「科目」ではありません。
それは、世界をどう見るか、どう感じるか、どう伝えるかを育てる、人生そのものです。
子どもが書く文章が、
少しずつ深くなっていく。
言葉の選び方が変わっていく。
人の話を聞く姿勢が変わっていく。
それは、テストの点数以上に、
「心が言葉を持ち始めた」証だと私は思っています。
国語力とは──
「自分の言葉で世界と関われるようになる力」。
その土台を家庭で育てていくことが、
親にできる最も価値ある贈り物なのかもしれません。

