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2月1日の校門前に立つということ ――「見に行く」のではなく、「敬意をもって空気を感じに行く」

中学受験の戦略(低学年〜)
この記事は約5分で読めます。

1.人生を賭けた“本命日”に、親として何を思うか

首都圏の中学受験において、2月1日は特別な一日です。

  • 何年も前から、ここをゴールに見据えて積み上げてきた子どもたち
  • 家族全員で、時間もお金も心も注ぎ込んできた家庭
  • そのすべてが、朝の数時間にぎゅっと凝縮される日

そこに立つ受験生たちの姿は、
それだけで胸が熱くなるものがあります。

だからこそ、
まだ本番を迎えていない親の立場からすると、

「あの空気を、事前に一度だけでも感じておきたい」
「いつか、うちの子もあの列に並ぶのだと思うと、心の準備をしておきたい」

そんな思いがふと湧き上がってくることがあります。

ここで大事なのは、その気持ちを

受験生を“見物”しに行く

方向に滑らせてしまわないこと。

そうではなく、

「将来自分もここで戦う。そのために、敬意をもって“空気を感じに行く”」

という姿勢でいることだと、私は思っています。


2.「見学」ではなく、「敬意をもって距離を置く」という選択

2月1日の朝、志望校の校門前には
本気でこの日を目指してきた受験生たちが列を作ります。

そこに第三者として足を運ぶなら、
まず心に刻んでおきたいことがあります。

  • ここは、誰かの「人生の本番」の舞台であること
  • 今日は、受験生とその家族が主役の日であること
  • 自分は「まだその舞台に上がっていない側」であること

だからこそ、

「見学」「見物」
「雰囲気を見に行く」

といった言葉は、
自分の中でもそっと封印してしまった方がいい。

代わりに、こんなふうに言い換えたいのです。

「将来この空気の中に、自分たちも立たせていただく。
その覚悟をするために、静かに“感じに行く”。」

そう自分に言い聞かせてから、
足を運ぶかどうかを決めていく。


3.2月1日の校門前に「行くなら」、守りたいマナー

どうしても一度だけ空気を感じておきたい――
そう決めたとき、最低限守りたいラインを、
自分の中であらかじめはっきりさせておくことが大切です。

① 「立ち止まらない」「近づきすぎない」

  • 校門のすぐ前で立ち止まってじろじろ見る
  • 列に近づいて、受験生の様子を覗き込む

こういった行動は、
それだけで受験生の集中や導線を乱す可能性があります。

行くとしたら、

  • 通行のじゃまにならない歩道の端を静かに通る
  • 近づきすぎず、数メートル離れた位置からそっと空気を感じる
  • 数分だけその場を通過し、そのまま立ち去る

というイメージが望ましいと思います。

② 写真を撮らない、SNSに上げない

  • 校門と受験生の列を背景に写真を撮る
  • 「受験生すごい人だかり!」といったことをSNSに投稿する

これも、絶対に避けたい行為です。

そこに写っているのは、
「人生を賭けて戦っている子どもと、その家族」だから。

行くと決めたなら、

「今日はカメラは封印。
目と心だけで、この空気を感じ取ろう。」

と決めておく。

写真ではなく、
自分の記憶とノートの中にだけ残しておく。


4.子どもにどう説明するか──“見物”ではなく“誓い”の時間にする

もし、まだ受験を数年先に控えた子どもと一緒に、
2月1日の校門前近くを通るなら。

ここでも言葉選びがとても大事になってきます。

① 言いたいのは「この空気の中に、君も立つんだよ」

「ほら、見てごらん。受験生がいっぱいいるね」
「あそこで必死の顔してるよ、すごいね」

という“他人の実況”で終わらせるのではなく、
こう伝えてあげたいのです。

「この中にはね、ここに来るために何年も頑張ってきた子がいっぱいいるんだよ。」
「君も数年後、この列のどこかに立つんだろうね。」
「そのときに、胸を張ってここに来られるように、
今日から少しずつ一緒に積み上げていこうね。」

つまり、

  • 他人を眺める時間ではなく
  • 「将来の自分の姿」を静かにイメージする時間

にしてあげる、ということです。

② 受験生への“敬意の言葉”を添える

子どもがじっとその光景を見ていたら、
こんな言葉をそっと足してあげるのもいいかもしれません。

「今日はあの子たちの大事な日だからね。
静かに心の中で『がんばってね』って応援してあげよう。」

声を出して応援するのではなく、
心の中でエールを送ることを教える。

それはきっと、
将来自分がその立場になったとき、
“もらう側の気持ち”にもつながっていきます。


5.親自身のための「2月1日」というリハーサル

校門前の空気を感じに行くのは、
実は子どものためだけではありません。

親にとっても、

「ああ、本当にここを目指しているんだ」
「うちの子も数年後、この列に並ぶんだ」

と、
気持ちと覚悟を整えるための時間 になります。

  • 朝の空気の冷たさ
  • 子どもたちの表情
  • 一緒に歩く親の背中
  • 学校の門の重み

それらを一度自分の目と肌で感じておくことで、
「受験」というものが
一段と立体的なものとして心に刻まれます。

そうすると、その後の家庭学習や生活でも、

  • 「この一問一問の先に、2月1日の朝がつながっている」
  • 「今日の早起きも、あの門の前に立つための一歩なんだ」

と、親自身の言葉にも説得力が生まれてきます。


6.それでも「行かない」という選択も、当然あり

ここまで「敬意をもって空気を感じに行く」という話を書いてきましたが、
もちろん、

「当日には敢えて行かない」

という選択も、十分ありです。

  • 現場を見たら、親の不安がかえって膨らみそう
  • 自分の性格的に、どうしても他人の様子に意識が行ってしまう
  • 子どもが過剰にプレッシャーを感じそう

こういった場合は、
説明会・文化祭・学校見学などの場で
何度も足を運び、その空気を感じておくだけで十分です。

大事なのは、

「2月1日の朝の光景を、
自分なりに一度思い描いておくこと」

であって、
必ずしも当日に物理的に行く必要はないということ。

今、このブログで書いているのも、

  • 「行くべき」
  • 「見に行った方がいい」

と煽るのではなく、

「こういう感じ方もある。
私はこのような距離感とマナーを意識している。」

という、あくまで 一つのスタンスの共有 に留めているのが、
皆さま読者への誠実さだと思っています。


7.おわりに:他人の本番に、静かな敬意を

2月1日の校門前に立つという行為は、
ほんの数分の出来事かもしれません。

けれど、そこで感じるものは
親にとっても子どもにとっても、
長く心に残る可能性があります。

だからこそ、その瞬間を

  • 「人生がかかった受験生を見物しに行く日」

ではなく、

  • 「いつか自分もここに立たせていただく日のために、
     今頑張っている人たちに静かな敬意を捧げる時間」

として、大事に扱いたい。

校門の近くでじろじろ見るのではなく、
受験生の邪魔にならない距離から、
背筋を伸ばしてそっと空気を感じる。
写真を撮らず、言葉にもせず、
心の中でだけ「がんばれ」とつぶやく。

そんなふうに、
2月1日の朝を
「他人の本番にそっと敬意を送る日」として
記憶に刻んでいけたら。

数年後、
自分の子どもがその列の中に立つとき、
きっとその記憶が、
親の背中を支えてくれるはずです。

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