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夢が勉強を動かす。野口英世を追いかける小さな背中の物語

ライフスタイル
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夢がある子は、強い。

――「野口英世に会いに行こう」と決めるまでの物語

子どもに「勉強しなさい」と言うことは、とても簡単です。
でも、本当に欲しいのは「言われなくても、自分で勉強机に向かう力」です。

その力の正体は何か。
私はそれを 「夢」 だと思っています。

偏差値でも、内申点でも、受験校のランクでもない。
もっと奥にある、「こうなりたい」「こんな自分で生きていきたい」という、静かだけれど燃えるような願い。

今日は、我が家の小さな医師の卵(?)と、野口英世への憧れの話を通して、
「夢を追いかけることは、勉強の最強のモチベーションになる」 というテーマを、全力で書いてみたいと思います。


「夢があるから勉強する」子ども

娘は、日記を書くノートの表紙に、いつも自分で野口英世の絵を描いています。
少しずつ線がしっかりしてきて、最近では、目つきや髪型にまでこだわるようになりました。

そのノートを大事そうに抱えながら、娘は何度も言います。

「わたし、かっこよくなりたい」
「野口英世みたいになりたい」

ここで言う「かっこいい」は、
決してブランド物を身にまとうとか、見た目だけの華やかさではありません。

困っている人を助けられる人、
世界で戦える人、
自分の専門を持って胸を張って生きている人。

彼女なりの「かっこいい大人像」が、野口英世という一人の人物を通して、少しずつ形になってきているのだと思います。

そして、娘はちゃんと分かっています。

「夢があるから勉強をするんだ」
「勉強しないと、夢がかなわないんだよね」

やりたくないから渋々やる勉強ではなく、
「夢に近づくための手段としての勉強」 を、幼いながらも理解し始めている。

これこそが、私はいちばん大切なところだと感じています。


夢は、“毎日の小さな行動”にまで染み込んでいく

夢があると、子どもの「日常」の質が変わります。

  • 朝、眠くて布団から出たくないとき
  • 計算問題で何度も間違えて、イライラしているとき
  • 漢字練習がもう一回分残っていて、ため息が出そうなとき

そんなときでも、

「でも、かっこよくなりたいんだよね」
「お医者さんになるんだよね」

という一言が、自分自身へのスイッチになる。

親がいちいち「ほら、やりなさい」と言わなくても、
夢が、子ども自身の中にある“エンジン”として働き始めるのです。

勉強には、どうしても「地味で退屈な時間」がつきまといます。
一問解くたびに花火が上がるわけでもないし、
すぐに結果として表れることも多くはありません。

けれど、夢がある子は、こう考えられます。

「今やっているこの一枚のプリントは、
未来の“かっこいい自分”への一歩なんだ」

この解釈の違いが、
「同じプリントをやる」にも、ものすごい差を生んでいく のだと思います。


「約束」は、夢に具体的な輪郭を与える

娘には以前から、ずっとお願いされていたことがありました。

「野口英世記念館に行きたい」

彼女にとって、そこは “夢の原点に触れる場所” です。
教科書や本の中でしか知らない人が、どんな場所で生まれ、どんな子ども時代を過ごしたのか。
その空気に触れてみたい――そんな気持ちが、幼い心なりにふくらんでいたのだと思います。

私は、その願いをただ「いつかね」と流したくはありませんでした。
だから、こんな約束をしました。

「模試でいい点を取り続けたら、野口英世記念館に行こう」

ここで大事にしたかったのは、
「ご褒美で釣る」ことではなく、
“夢と努力を一本の線でつなぐ” こと
です。

  • 夢を持つ
  • 夢に向かって努力する
  • その努力がちゃんと形になっていく
  • そして、夢の原点に近づく体験をする

この一連の流れを、娘に「体感」として味わってもらいたかったのです。


娘は、本当に頑張って成果を出した

約束をしてからの娘は、目に見えて変わりました。

もちろん、それまでも頑張っていました。
しかし、「野口英世記念館」が、夢の延長線上に“具体的な目的地”として現れたことで、

  • 模試の前の日の過ごし方
  • 毎日の計算練習への取り組み方
  • 間違えた問題と向き合う姿勢

その一つひとつに、
「もう一歩踏み込んでやってみよう」という熱量 が宿り始めたように感じます。

そして、結果として、娘は頑張りました。
口だけではなく、実際に点数として成果を出したのです。

だから、今度、私たちは野口英世記念館に行きます。

これは単なるお出かけでも、観光でもありません。
娘が自分でつかみ取った、
「夢に一歩近づくための旅」 です。


野口英世記念館へ向かう道のりも、すでに“学び”になっている

「記念館に着いてから何を見るか」ももちろん大事ですが、
私は、それまでの道のりそのものが、すでに学びだと思っています。

  • どうして野口英世に憧れるようになったのか
  • どんなところが「かっこいい」と感じているのか
  • 自分はどんな医師になりたいのか
  • 世界のどこで、どんな人を助けたいのか

車の中で、こんな話をゆっくり語り合う時間は、
問題集の一ページよりも、よほど心を育ててくれるかもしれません。

「どうして勉強しなきゃいけないの?」という問いに、
親はつい、こう答えがちです。

  • 「いい学校に入るため」
  • 「将来困らないように」

もちろん、それも間違いではありません。
でも、子どもの心を本当に動かすのは、もっと具体的で、もっと個人的なストーリーです。

「あなたは、どんな大人になりたい?」
「どんな場所で、どんな人の役に立ちたい?」
「そのために“今”できることって、何だろうね?」

野口英世記念館へ向かう道は、その問いを何度も行き来しながら、
娘の中にある「夢の解像度」を、少しずつ上げていく旅になるのだと思います。


親にできるのは、「夢を信じる環境」を用意すること

親は子どもの夢を、どうしても“現実”というフィルターで見てしまいます。

  • 本当にそんな大学に行けるのか
  • 医学部はお金もかかるし、倍率も高い
  • 才能の問題だってあるかもしれない

そういう心配は、正直、私の中にもゼロではありません。
むしろ、考えれば考えるほど、いくらでも不安の種は出てきます。

でも、子どもの夢は、
大人の「確率計算」で削ってしまってはいけない、とも思うのです。

親の役割は、
「夢の実現可能性を判定すること」ではなく、
夢に向かうための“道のつくり方”を一緒に考えること
だと感じています。

  • その夢を応援する言葉をかける
  • 夢に近づく体験の機会をつくる(今回の記念館のように)
  • 夢と勉強を結びつける「意味づけ」を一緒に育てていく

夢がある子は、強い。
でも、その夢がちゃんと育つかどうかは、
「親がどれだけ本気で信じてあげられるか」 に、密接に関わっている気がします。


夢は「モチベーション」ではなく、「生き方」へ育っていく

今回の話は、まだ物語の途中です。
野口英世記念館に行った後も、
娘の夢は形を変えたり、深まったり、時には揺らいだりするでしょう。

でも、それでいいのだと思います。

大切なのは、
「夢があるから勉強をする」という順番を、これからも守り続けること。

  • 偏差値のために勉強するのではなく、
  • 誰かの期待に応えるためだけに頑張るのでもなく、
  • 「かっこよく生きたい」「誰かの役に立ちたい」という、自分自身の願いのために学び続けること。

夢は、最初は小さなモチベーションかもしれません。
でも、それを守り、育てていくことで、
やがて「その子の生き方」そのものになっていきます。


おわりに ― 夢を語り続ける家でありたい

「どうしたら子どもが勉強するようになりますか?」
この問いへの、私なりの答えは、今のところ、とてもシンプルです。

「夢を一緒に語り続けること」

テキスト選びやカリキュラムも大事です。
模試の結果も、偏差値も、無視はできません。

それでもやはり、根っこの部分にあるのは、
「どんな未来を一緒に見ているか」 だと思うのです。

夢を語る。
夢の原点に会いに行く旅をする。
その夢と、毎日の漢字練習や計算ドリルを、丁寧に結びつけていく。

我が家はこれからも、
「夢があるから勉強する」 という当たり前を、大切に抱えて生きていきたい。

そして、いつか娘が振り返ったとき、
「野口英世の絵をノートに描き続けていたあの頃から、全部つながっていたんだ」と、
静かに微笑んでくれたら――それが、親としての一つの夢なのかもしれません。

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