1.娘の机に挟まれた一枚の絵から、すべてが始まった
娘の勉強机には、一枚の紙がそっと挟まれています。
それは、娘が自分の手で描いた 「野口英世の絵」。
教科書から写しとったのか、伝記の写真を見ながら描いたのか。
輪郭は少し歪んでいて、目の位置も左右で微妙に違う。
それでも、その顔はたしかに「野口英世」になっています。
- 朝、計算ドリルを開く前
- 漢字を書き始める前
- 全国統一小学生テストの過去問を解く前
娘は、その絵をちらりと見つめてから、鉛筆を握ります。
「野口英世みたいに、私も頑張りたい」
その気持ちが、その小さな一枚の紙に、ぎゅっと込められています。
2.寒い朝、「野口英世だったら」の一言で布団から飛び出した日
季節が冬に近づくと、
朝、布団から出るのがだんだんと辛くなってきます。
起きる時間は変わりません。
でも、部屋の空気はひんやりしていて、
布団の中だけが、ささやかな楽園のように感じられる季節です。
ある朝のこと。
まだ外が薄暗く、静かな時間帯。
布団の中でむにゃむにゃともぞもぞしている気配がしたかと思うと、
小さな声が聞こえてきました。
「野口英世だったら、もっと頑張っている!」
その一言のあと、
娘はバサッと布団を跳ねのけて、
勢いよく起き上がりました。
誰かに言わされたわけでもなく、
「ほら起きなさい」と叱られたわけでもない。
自分で自分に向かって放った言葉です。
眠気に負けそうな自分を奮い立たせるために、
娘が選んだのは、
ゲームキャラクターでも、アイドルでもなく、
「野口英世だったら」という基準でした。
そのとき、親の胸の中でひとつ確かなものが芽生えました。
「この子の中で、野口英世は“教科書の偉人”ではなく、
“日常で自分を支えてくれる、本物の憧れ”になっているんだ」
3.「世界で困っている人を助けたい」――夢のかたちがはっきりした瞬間
実は、娘の憧れは「野口英世がカッコいい」だけでは終わっていません。
ある日、かかりつけの地元の病院で、いつもの診察を受けていたときのこと。
担当してくれたのは、いつも穏やかで、てきぱきとした女性の医師でした。
診察が一通り終わったあと、その先生が、娘の目を見てこう言ってくれました。
「お医者さんはね、とってもかっこいい仕事だよ。
女の人にとっても、働きがいのある、素晴らしい仕事なんだよ。
頑張ってね。」
たったそれだけの言葉。
でも、娘の心には、火花のようにパチッと何かが弾けたようでした。
帰り道、娘はぽつりと言いました。
「わたし、やっぱりお医者さんになる。
野口英世みたいに、世界で困っている人を助けたい。
病気で苦しんでいる人を、笑顔にしたい。」
それは、「なんとなく医者っていいな」ではなく、
「世界で活躍する医師になりたい」という具体的な夢になっていました。
野口英世の伝記や本を読んできた時間。
そして、目の前で診察してくれる女性医師からのひと言。
その二つが結びついて、
娘の中に、「自分の進みたい道」が一本、すっと通ったのです。
4.頑固さは“ブレない軸”になる――夢を決めてからの日々
娘はもともと、少し頑固な性格です。
一度「やる」と決めたことは、
なかなか途中でやめません。
逆に言えば、「やらない」と決めたことも、ほとんどやりません。
その頑固さは、扱いづらさにもなり得ます。
でも、「夢」が決まった今、その性質は別の姿を見せ始めました。
- 朝の早起き
- 毎日の計算・漢字・音読
- 全国統一小学生テストに向けた勉強
- 日記や作文で、言葉の力を鍛える時間
これらに、ほとんどブレずに向き合うようになったのです。
- 「なんでこんなに勉強するの?」と聞かれれば、
娘は迷いなく答えます。
> 「お医者さんになりたいから。」 - テストでうまくいかなかった日も、
悔しさで涙は見せますが、
> 「もっと頑張る」
という方向に気持ちを持っていこうとする。
もちろん、毎日が完璧なわけではありません。
機嫌が悪い日もあるし、気が乗らない日もある。
それでも、「夢」という旗が立ってから、
日々の勉強に向かう姿勢の“戻る場所”が決まったのだと思います。
「野口英世だったら、もっと頑張っている。」
「お医者さんになるって決めたから、ここでサボらない。」
頑固さは、
こうして少しずつ、「一貫性」「継続力」という名前の力に変わりつつあります。
5.だからこそ、今年のクリスマスは「野口英世記念館への旅」にした
憧れがここまで育つと、
親として、どうしてもしてあげたくなることがあります。
それが、
「憧れの人に、会いに行かせてあげたい。」
ということ。
ただし、“会いに行く”といっても、
もう野口英世本人に会うことはできません。
代わりに、
彼が生まれた場所、育った家、使っていた机、
人生の一部がそのまま残されている場所に行く。
それが、野口英世記念館です。
我が家からその記念館までは、正直言って近くはありません。
車で何時間もかかる距離です。
- 学校の予定
- 親の仕事
- 天候や道路状況
- 二拠点生活のスケジュール
これらをすべて勘案すると、
「いつか行けたらいいね」で先送りし続けることも、できてしまう。
でも、寒い朝に布団から出る娘のあの一言と、
かかりつけ医の女性医師の励ましと、
ブレずに勉強に向かう毎日の背中を見ていると、心が決まりました。
「今年のクリスマスプレゼントは、
野口英世記念館への旅にしよう。」
モノではなく、旅を贈る。
それも、「ただの観光地」ではなく、
“娘の夢の源泉”になっている人物の原点を訪ねる旅を。
6.体験型プレゼントが育てるのは、「生き方のイメージ」
クリスマスプレゼントというと、
世の中の多くは「モノのリスト」になります。
ゲーム機、最新のおもちゃ、本、洋服、アクセサリー。
どれも、手にした瞬間の喜びは大きいし、それ自体が悪いわけではありません。
ただ、娘の今の夢と、
心の中の野口英世の存在を考えたとき、
今年はどうしても「体験型のプレゼント」にしたかったのです。
◆ 体験は、「その後の勉強」にじわじわ効いてくる
- 野口英世が生まれた家を、自分の目で見る
- 子ども時代の生活道具に、実際に近づいてみる
- 火傷した手のこと、勉強のこと、海外に渡ったことを、展示で追体験する
そうやって得た感覚は、
きっとその後の勉強のたびに、
ふとした瞬間に顔を出します。
- 国語の長文で、野口英世の記述が出てきたとき
- 理科で病気やウイルスの話が出てきたとき
- 社会で世界の国々の名前を学ぶとき
「ここ、行ったことがある」「あのとき見た」
という感覚は、「勉強」を「自分ごと」に変えてくれる火種になります。
◆ 「かっこいい大人」の実物を見せるということ
さらに言えば、
野口英世記念館への旅は、
“亡くなった偉人”だけに会いに行く旅ではありません。
- 道中で立ち寄るサービスエリア
- 現地で出会うスタッフの方々
- そして、娘に「医師は素晴らしい仕事だよ」と声をかけてくれた、あの女性医師
娘の周りには、
少しずつ「自分の仕事を誇りをもってやっている大人」の姿が増えています。
「かっこいい大人の実物」を、子どもの視界に増やしていくこと。
それはきっと、
「勉強しなさい」と何度言うよりも、
ずっと強く、長く、子どもの心を進ませてくれます。
7.旅の前と後に、親としてそっと添えたい言葉
この旅を、
クリスマスプレゼント以上の「人生の一場面」にするために、
親として意識しておきたいことがいくつかあります。
◆ 旅の前に
- 「どうして野口英世が好きなの?」とあらためて聞いてみる
- 「記念館で一番見たいものは何?」とワクワクを言葉にしてもらう
- 子ども向け伝記を、もう一度読み直しておく
娘がどんなポイントに心を動かされているのか。
それを聞いておくだけで、現地での見え方が変わります。
◆ 旅の後に
帰ってきたら、
こんな会話をしてみたいと思っています。
- 「今日、一番心に残った場面はどこ?」
- 「野口英世は、どんな人だと思った?」
- 「野口英世だったら、これからのあなたに何て言うと思う?」
その答えを、日記や作文の形にして残しておく。
それは、体験を「教養」に変える最後の一手です。
8.おわりに――「夢」は遠くにあるけれど、歩き出している今はここにある
娘の夢は、
「野口英世のように、世界で活躍する医師になること。
病気で困っている人を助けたい。笑顔にしたい。」
というものです。
その道のりは、当然ながら長くて、
山あり谷ありになるでしょう。
- 勉強がイヤになる日もある
- テストでうまくいかない日もある
- 自分の力に自信を持てなくなる瞬間も、きっとある
それでも、
寒い朝に布団の中で
「野口英世だったら、もっと頑張っている!」
と言って立ち上がったその小さな一歩は、
確かに“医師になる道”の、最初の一歩です。
今年のクリスマスプレゼント。
娘は、最新ゲーム機も、大きな箱のおもちゃももらいません。
その代わりに、
- 自分が描いた野口英世の絵を胸に
- 自分で決めた「医師になる」という夢を連れて
- 憧れの人が生まれた場所へと向かうことになります。
それは、
「サンタさんからもらうプレゼント」ではなく、
「自分の憧れに、自分の足で会いに行く」という、
ひとりの子どもの決意への、親からの静かな後押し」
なのかもしれません。
この旅が、
娘の心の中に、小さな灯りとして一生残り続け、
いつか世界のどこかで、
誰かの痛みを和らげる手として結実する日が来ることを願いつつ――
今年のクリスマスは、
モノではなく「夢への一歩」をそっと手渡す日として、
静かに迎えたいと思います。

