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東大・早慶を輩出した「静かな実家」の教育法 ―「勉強しなさい」と一度も言われなかった家で育って

ライフスタイル
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はじめに

「実家は高学歴ですか?」と聞かれたら、今の私は素直にこう答えます。

はい。東大と早慶を輩出した高学歴な実家です。

ただ、その実家で交わされていた言葉は、とても静かなものでした。
少なくとも、子どものころから一度たりとも、親から

「勉強しなさい」

と言われた記憶はありません。

むしろ真逆でした。
大人になってから親に尋ねたとき、父はこう言いました。

「言ったところで、人は勉強するものではないからなあ。」

この一言に、うちの家庭教育の本質がすべて詰まっている気がします。

この記事では、東大・早慶を輩出した「高学歴な実家」が、
どのようにして勉強する子どもを育てていたのか
そして、今、私がそのスタイルを娘へどう循環させようとしているのかを、
一つのケーススタディとして残しておきたいと思います。


「勉強しなさい」を封印した親のスタンス

うちの親は、勉強にうるさいタイプではありませんでした。
テストの点数に一喜一憂して、ガミガミ言ってくるタイプでもありません。

しかし、決して教育に無関心だったわけでもありません。

  • 塾に通いたいと言えば、できる限りのサポートをしてくれる
  • 本を欲しがれば、「それはいいね」と喜んで買ってくれる
  • 進路の相談をすれば、本気で一緒に考えてくれる

でも、勉強そのものを強制することは絶対にしない。

これは後から分かったことですが、父の中に明確な哲学がありました。

「勉強は“やらされるもの”では長続きしない。
自分で『やる』と決めたときに初めて、力になる。」

だからこそ、親がやっていたのは「命令」ではなく、
“勉強するのが当たり前の空気”を整えることでした。


週末は「図書館に出勤」する父と子

その象徴が、週末の図書館ライフです。

私がまだ学生だったころ、
父はよく、車で図書館まで送ってくれました。

  • 開館時間ちょうどに図書館に入る
  • 自習室の席を確保する
  • 私は一日中、問題集やテキストと向き合う
  • 父は隣の席で、ひたすら仕事に没頭する

気づけば、**朝から晩まで、親子で「隣同士の机に向かっている」**のです。

父は私に一言も「勉強しろ」とは言いません。
ただ、自分の仕事道具を持ってきて、静かに机に向かう。

その背中を横目に見ながら、私は自然とこう思っていました。

「ああ、大人って、こんなふうに黙々と働いているんだな。」
「じゃあ自分も、ここでだらけるわけにはいかないな。」

説教よりも圧倒的に説得力があるのは、
“語らない姿勢”そのものでした。


図書館ライフのお楽しみは「お昼の外食」

もちろん、一日中勉強ばかりでは、心も体も持ちません。

そこでの楽しみが、お昼時の外食でした。

  • 時計が12時近くになる
  • 父が静かに席を立ち、「そろそろ昼にするか」と声をかけてくれる
  • 図書館近くの食堂や定食屋へ行き、二人でご飯を食べる
  • 他愛もない話をしながら、少しだけリラックスする
  • 再び図書館に戻り、閉館までそれぞれの机へ

この「小さなご褒美」があったからこそ、
朝から晩までの図書館フル滞在も、苦行ではなくちょっとしたイベントになっていました。

今振り返ると、あれは単なる食事ではなく、
父なりの「ご褒美設計」だったのだと思います。

  • 勉強を強制するのではなく
  • 学ぶ時間そのものを、少しだけ「好き」にさせる工夫

数十年前の記憶ですが、
あの時間を思い出すたびに、胸の奥からじんわりと感謝が湧いてきます。


高学歴の背景にあったものは「才能」ではなく「環境」

東大や早慶に合格したと聞くと、多くの人はつい、

「元々頭が良かったから」
「遺伝が良かったんでしょ」

と、才能の話にしたがります。

もちろん、遺伝的要素がゼロだとは思いません。
ただ、実感として一番大きかったのは、やはり

「そうせざるを得ない環境」が、淡々と整えられていたこと

でした。

  • 家には本がたくさんあった
  • テレビはだらだらつけっぱなしではなかった
  • 親自身がよく本を読み、よく考え、よく働いていた
  • 行きたいと言えば、図書館にも、自習室にも付き合ってくれた

そして何より、

「勉強することが、特別なことではない」

という空気が、家庭のベースとして流れていたのです。


今、親のやり方を「娘へ循環させる」ということ

時は流れ、今度は私が「親」の立場になりました。
自分の娘と向き合うようになって、ふと気づきます。

あの図書館の週末も、
あの「勉強しなさい」と言わないスタンスも、
今の自分の子育ての“下地”になっているのだ、と。

だからこそ、私は娘に対して、

  • 無理やり勉強をさせるのではなく
  • 「勉強するのが当たり前」の環境を用意する
  • 親である自分も、常に何かを学び、仕事に向かう背中を見せる

という形で、実家の教育を“循環”させていきたいと考えています。

たとえば今、私は娘に対して

  • 朝から勉強するための生活リズムを整える
  • 家の中の「集中できる場所」を意識的につくる
  • 親がダラダラスマホを眺めるのではなく、机に向かう姿を見せる

といったことを心がけています。

「さあ勉強しなさい」と命令するよりも、

「仕事(勉強)するから、一緒の時間、がんばってみようか。」

と声をかけるほうが、私にはしっくりきます。
それは、かつて父が図書館で見せてくれた背中の記憶と、
どこかで静かにつながっているのだと思います。


「東大・早慶を輩出した実家」の本当の価値

東大、早慶——確かに、社会的には「高学歴」と呼ばれる肩書です。
ただ、年月が経てば、その名前自体の価値は少しずつ薄れていきます。

しかし、決して色あせないものがあります。

  • 子どもを信じて「勉強しなさい」と言わなかった親の哲学
  • 週末のたびに図書館まで車を出してくれた時間
  • 隣の席で、黙々と仕事をしていた父の後ろ姿
  • お昼時に連れて行ってくれた、あの小さな食堂の記憶

それらの積み重ねこそが、
東大・早慶という結果を生み出した「土壌」であり、
今の私が娘に受け渡したい「家の文化」なのだと思います。


おわりに ― 学歴よりも、「循環する教養」を

私はこれからも、娘に高い学力を身につけてほしいと願っています。
東大や難関大を目指すかどうかは、最終的には本人が決めること。

ただ、その前提として、

「学ぶことが当たり前で、当たり前に楽しい。」

そんな家庭の空気を、
自分の親がしてくれたように、静かに整えていきたいのです。

高学歴な実家に生まれたことは、確かに一つの幸運でした。
でも、それ以上に私は、

「勉強しなさい」と怒鳴るのではなく、静かに隣で机に向かってくれた父の姿

を、何よりの財産だと思っています。

その財産を、今度は私が「親」として、
娘の世代へとバトンのように受け渡していくこと

それこそが、
東大・早慶という“結果”よりもずっと大事な、
**「循環する教養」**なのだと、今は強く感じています。

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