🍁 秋分の前に、立ち止まって考える
9月23日は秋分の日。
昼と夜の長さが、ちょうど“半分ずつ”になる日です。
古来から、日本ではこの秋分を**「自然のバランスを見つめ直す節目」**として大切にしてきました。
昼と夜、陰と陽、光と影。
一方に偏りすぎることなく、どちらも受け入れてこそ健やかに生きられる──
そんな先人たちの感覚に、私は静かに感動を覚えます。
この「バランス」というキーワードは、今の子育てや教育にも、深く通じるものがあります。
🎓 よく言われる「勉強と遊びのバランス」の落とし穴
「勉強ばかりさせないで、ちゃんと遊ばせてあげて」
「勉強も大事だけど、自由な時間も必要よ」
「バランスが大事だよね」
──どれも、正論のように聞こえます。
でも、私はここに**見落とされがちな“本質のズレ”**があると感じています。
それは、単なる「時間配分」の話に終始してしまうということ。
「午前中に1時間勉強したから、午後は自由時間」
「週に3回ピアノがあるから、他の日はYouTube見放題」
「土日は勉強しないで、しっかり遊ばせる」
──これでは、バランスではなくただの帳尻合わせです。
本当に必要なのは、「自分で時間をコントロールする力」。
つまり、自分を律する力こそが、学力の根幹なのだという視点です。
🧠 学力=知識力 × 自律力
「学力」と聞くと、偏差値や点数、暗記量などをイメージしがちです。
もちろん、それらも大切な指標です。
でも、長く教育に向き合ってきた立場から強く感じるのは──
最終的に伸びる子は、“自分を律する力”を持っている子だということ。
- 時間を決めて、自然と机に向かえる
- 誘惑に流されず、先にやるべきことを終わらせられる
- 眠くても、最後の漢字練習だけは終えてから寝る
- 疲れていても、音読は欠かさない
- やるべきことが終わるまで、「スマホ」や「動画」に手を出さない
これらは、すべて**“自分で決めて、自分をコントロールできる”力**に他なりません。
👧 我が家の小学2年生の実例
娘は今、小学2年生です。
朝は5時に自分で目覚ましをかけて起き、百マス計算、漢字の書き取り、音読、英語、ピアノ……と、一つひとつを自分でこなしていきます。
「偉いね」「よく頑張ってるね」と声をかけることはあっても、
私たち親が「やりなさい」と言うことは、ほとんどありません。
なぜなら、「勉強とは、誰かに言われてやるものではない」と本人が理解しているからです。
もちろん、遊びたい日もある。だらけたい朝もある。
でも、そういうときも、最低限のルーティンは崩さない。
その姿勢に、私は何度も胸を打たれてきました。
🪞 「自分に厳しい子」が伸びる時代へ
最近、強く感じることがあります。
それは──「自分に甘い子」は、もはや時代の変化についていけなくなるということ。
AIが日々進化し、社会構造がどんどん変わっていく中で、
「なんとなく生きる」ことがますます難しくなってきています。
これからは、自分で情報を取り、自分で判断し、自分の足で立ち続けられる人だけが、生き残っていく。
そして、その土台にあるのが、まぎれもなく**「自分を律する力」**なのです。
🏫 学校では教えてくれない「自律の教育」
公教育では、「自分で決める力」「自分を律する力」について、ほとんど教えてくれません。
時間割があり、チャイムで動き、先生の指示で動く。
その中で、自分で“自律のモデル”を作ることは難しいのです。
だからこそ、家庭での声かけや環境づくりが、ますます重要になってきます。
- 予定を自分で立てさせる
- 「やりなさい」ではなく「何からやる?」と問いかける
- 失敗したときも、「自分で気づける」環境を残す
- 予定通りにできたことを、しっかり言葉で認める
これができる家庭は、勉強以上に“生き方”を育てていると私は思うのです。
🍂 秋分のように、自分の中に「軸」をもつこと
昼と夜が半分ずつ。
光と影が調和する季節。
それは、人の心や生活にも通じる“中庸”の象徴です。
遊びすぎても、学びすぎても、どこかにゆがみが生じる。
でも、外から与えられたルールで無理にバランスを取るのではなく、
自分の中に「軸」があってこそ、はじめて“調和”は実現するのです。
「今、自分は何をするべきか」
「どう生きたいのか」
「なぜ勉強するのか」
こうした問いに、小学生なりにでも**“自分の言葉”で答えられる子**は、確実に伸びていきます。
✅ まとめ:「学力とは、自分を律する力である」
- 単なる点数や偏差値だけでなく、「時間の使い方」こそが、学力の本質
- 自分を律する力=学びを継続する力、生活を整える力、夢を掴む力
- 秋分のような節目にこそ、子どもにも「時間のバランス」「自分の軸」を見つめ直す機会を
🍀 最後に
「勉強しなさい」と言わなくても、
子どもが自然と机に向かうようになる──
それは魔法でも、才能でもありません。
ただ、“自分を律する力”を少しずつ育ててきた証です。
今日もまた、娘が早朝の静かな時間に、
黙々とノートに向かっている後ろ姿を見ながら、
私はそっと心の中で思います。
「ああ、この子は、誰に強制されなくても、“自分を生きている”んだな」と。
秋分前の金曜日。
読者の皆さんにも、ぜひ一度、
ご自身やお子さんの“心のバランス”に静かに耳を澄ませてみていただけたらと思います。

