家庭でのサポート:親の立ち位置
——「勉強=一緒に走る時間」という価値観のもとで
私立小学校に通う家庭の多くは、電車、バス、自家用車、徒歩——さまざまな手段で送迎を行っています。
朝の時間帯、校門前の光景はちょっとした人間模様の縮図のようです。ランドセルを背負った子どもたちと、その横に立つ親。どの家庭もそれぞれのペースで、一日のスタートを切っていきます。夫婦共働きのご家庭も多く、放課後の時間を支えるために、学校内には学童保育のスペースが設けられています。宿題をしたり、友達と遊んだりできる環境が整っており、安心して子どもを預けられるよう配慮されています。
わが家の娘も、かつては学童に通っていました。
しかし、どうしても宿題を集中してこなすことができず、帰宅してからやり直すことが増え、家庭での学習時間を圧迫してしまうことが続きました。そこで思い切って、放課後は学童を利用せず、学校が終わったらまっすぐ帰宅するようにしました。
この決断が、家庭学習のリズムを整える第一歩になりました。
毎日の宿題と、親の関わり方
宿題は、ほぼ毎日出されます。
算数と国語の問題集が交互に出され、週末には日記、本の紹介、漢字ドリル、そしてiPadを使った計算ドリルなどが加わります。
どれも分量は適切で、「少なすぎず、多すぎず」。
ただ、子ども任せにするとどうしても後回しになってしまうので、親が必ず「やったかどうか」を確認し、ハンコを押す仕組みです。
これは単なる形式ではなく、「親が学びに関心を持っている」ことを子どもに伝える大切なサインでもあります。
わが家では、夕方の時間を「家庭での静かな学びの時間」と位置づけています。
学校から帰ると、軽くおやつをとり、宿題を一気に終わらせてしまう。
その後に自由時間を取ることで、「終わらせてから楽しむ」という生活のリズムを自然に体得できるようにしています。
私たちにとっての“勉強”とは、単なる知識の習得ではなく、**「一緒に走る時間」**そのもの。
隣に座って、鉛筆の音を聞き、間違えて悔しがる表情を見つめながら、「この子の努力に立ち会う」——それが家庭学習の本質だと思うのです。
圧倒的な授業時間と、充実した学びの現場
私立小学校の授業時間は、公立と比べると圧倒的に多いです。
夏休み前だから早く終わる、始業式の翌日は半日、ということがほとんどありません。
1年生であっても朝から夕方までしっかり授業があり、初めのうちは疲れ果てて帰宅する子も少なくないようです。
それでも子どもたちが頑張れるのは、勉強ばかりではなく、将棋や囲碁、校外活動など、学びの幅が豊かだからでしょう。
娘もまた、「学校が大好きな子」です。
風邪で熱が出て、どうしても休まなければならないとき、涙を流して悲しむほど。
「行きたいのに行けない」という気持ちは、学校生活の充実そのものを物語っています。
勉強も行事も、全ての時間が“生きた学び”として子どもの心を育てていると感じます。
教育費と価値観
私立小学校となると、制服・授業料・諸経費……正直に言えば、決して安くはありません。
ただ、金額の多寡よりも、**「何にお金を使っているか」**を見極めることが大切だと思います。
わが家の場合、「通わせて本当によかった」と感じるのは、子どもたちも親も学習に対する意識が高く、勉強することが“特別なことではない”空気があるからです。
公立の環境では、「勉強している子が浮く」こともあります。
しかし、私立では塾や家庭教師、通信教育を併用するのがごく自然。
「勉強=努力の証」として、むしろ称え合う文化が根づいています。
その空気感の中で育つことは、子どもにとって何よりの財産です。
校門前の風景に見えるもの
学校の駐車場には、ずらりと並ぶ輸入車。
ブランドこそさまざまですが、どの車にも共通しているのは「子どもの教育に真剣な家庭」であること。
軽自動車は決してゼロではありませんが、非常に少ない印象です。
保護者の服装もきちんとしており、フォーマル寄りが主流。
時にラフな格好の方もいますが、少数派ゆえにやや目立ちます。
そうした文化もまた、学校というコミュニティの一部として確立されているのです。
人間関係のリアル——優しさの循環
もちろん、複数の人間が集まれば、意見の違いやいざこざは起こります。
それは人間社会の自然な現象です。
いじめが全く存在しないとは言いません。
けれども、私の印象としては、「心に余裕のある子が多い」。
家庭に一定のゆとりがあり、周囲への思いやりを自然に学んでいる子が多いのです。
ある朝、娘が駐車場から校舎まで歩く途中で駄々をこねていたときのこと。
上級生の女の子がそっと近づいて、「一緒に行こうよ」と手を取ってくれました。
見知らぬ子でしたが、その笑顔の温かさと、自然な気遣いには胸を打たれました。
落とし物を拾って追いかけてくれる子、下級生を優しく導く子——そうした姿が日常的に見られる学校です。
「立ち居振る舞い」という言葉が、これほど似合う子どもたちを見たのは初めてかもしれません。
教育とは、「人としての姿」を学ぶこと
私立小学校の魅力は、単なる学力の高さではありません。
**「人としてどう生きるか」**を、日々の生活の中で自然に身につけていくことです。
教室での勉強、友人との会話、先生との関わり——そのすべてが人格形成の土壌になっています。
私がこの学校を選んでよかったと思う理由はそこにあります。
成績のためでも、ブランドのためでもない。
「娘がどんな大人になるのか」という未来の姿を思い描いたとき、この環境こそがその一助になると信じています。
公立か私立かを迷っている親御さんへ。
勉強だけではありません。
人としてのあり方、丁寧な言葉づかい、思いやりの姿勢——それらは教科書で学ぶものではありません。
それでも、毎日の学校生活の中で、確実に育まれていくものです。
もしお子さんに「知識とともに品格を」と願うなら、私立という選択は一考の価値があると思います。
家庭の支えと、学校の教育が響き合う場所。
そこには、**“勉強=一緒に走る時間”**という、親子の新しい形が生まれています。

