1.「何を教えるか」の前に、「何が見えているか」
子どもにどんな本を読ませるか。
どんな言葉をかけるか。
どんな習い事をさせるか。
親になると、つい「こちらから与えるもの」に意識が向きがちです。
けれど、最近ますます強く感じるのは、
子どもは「言われたこと」以上に、
親が日常的に“目の前に置いているもの”から学んでいく
ということです。
部屋の中に、どんな本があるのか。
それがどんなふうに並んでいるのか。
親がどんな表情で本を手に取っているのか。
それらはすべて、
子どもにとっての「無言のメッセージ」です。
- 「本って、こういうときに開くものなのか」
- 「この家では、このジャンルの話題がよく出てくるんだな」
- 「お父さん(お母さん)は、こういう世界が好きなんだな」
親が一度も“授業”をしたことがないのに、
本棚そのものが、
毎日じわじわと価値観を語りかけている。
そんな感覚があります。
2.森の中の別荘と、自宅の本棚
わが家は二拠点生活です。
平日は町中の自宅。
週末は、森の中にある高原の別荘。
どちらの拠点にも、本棚があります。
ただ、役割は少し違います。
高原の別荘:思考の“ベースキャンプ”
森の中の別荘には、本棚に本がびっしり。
私の本だけで、軽く数千冊はあります。
- 哲学
- 歴史
- 教育
- 経済・金融
- 小説
- 随筆
- 旅の本
- 写真集
ジャンルはバラバラですが、
共通しているのは「何度も読み返したい本」であること。
ここは、私にとっての思考のベースキャンプです。
この空間に座って本を開くと、
日々の喧騒から少し距離を置いて、
ゆっくり考えごとができる。
そんな場所です。
町中の自宅:日常の“読みたい”を育てる棚
一方、町中の自宅の本棚は、
数としては数百冊規模。
- 子ども向けの絵本・物語
- 学習マンガ
- 私の仕事・教育関連の本
- 少し背伸びをしたいとき用の名作・名著
「日常の生活にすっと入り込める本」を中心に、
ぎゅっと詰まっています。
こちらは、
「今日の“読みたい”にすぐ応えてくれる棚」
というイメージです。
3.娘がまねして始めた「自分の本棚づくり」
そんな空間で生活していると、
子どもは自然と本棚を観察し始めます。
私が楽しそうに本を手に取っているのを見て、
娘も同じようにしてみたくなる。
気がつくと、
娘はこんなことを始めていました。
- 自分の好きな本だけを集めた小さなスペースを作る
- 本を入れたり出したりしながら、並べ替えを楽しむ
- 背表紙の色や絵柄で「お気に入りゾーン」をつくる
大人から見れば、
ただの“片付け途中”にも見えます。
けれど、よく見ていると、
娘なりの「世界の整理」と「自分の好みの発見」
を、黙々とやっているのだと分かります。
- 「この絵本は一番下の段。よく読むから、取りやすいところに」
- 「ちょっと怖い話の本は、ここ。読みたいけど、少しだけこわいから」
- 「このシリーズは、ここに全部そろっていると気持ちいい」
本棚の前でしゃがみ込んで、
小さな手で本を動かしているその姿は、
まるで自分の中の世界地図を
少しずつ描き直しているようにも見えます。
“本と友達になる”って、
こういう時間の積み重ねなのだと思います。
4.「何を読ませるか」より、「何が見える場所にあるか」
子育てをしていると、
ついこんな思考になりがちです。
- 「どの本を読ませるのが正解だろう」
- 「この年齢なら、このシリーズは必読?」
- 「ベストセラーの教育本に出ていた“おすすめリスト”を揃えた方がいいかな」
もちろん、
良書に出会ってほしいという思いは大切です。
ですが、一歩引いて見てみると、
子どもの読書において本当に効いてくるのは、
「何を読ませるか」より
「何が“いつでも手に取れる場所”にあるか」
だったりします。
- 手を伸ばせば届く場所に、
自分の興味の延長線上にある本が並んでいる。 - 親が読んでいる本と、
子ども向けの本が同じ棚の中で共存している。 - 「気になったときにすぐ開ける本」が、
子ども目線の高さに立っている。
こういう環境が、
子どもにとって自然な“誘い”になっていきます。
「あの本、表紙がちょっとおもしろそうだから、開けてみようかな。」
そう思う瞬間を、
どれだけ日常の中に仕込んでおけるか。
それが、
長い目で見たときの読書習慣に
大きく影響してくると感じています。
5.背表紙は「親の価値観」のプロフィール
本棚を眺めていると、
そこには隠しようのない“親の趣味嗜好”が並びます。
- 料理本が多い家
- インテリアや暮らしの本が多い家
- ビジネス書や自己啓発書が多い家
- 物語や小説がずらっと並ぶ家
- 美術書や写真集が目立つ家
子どもは、
その背表紙の並びから
親が大事にしている世界を
なんとなく感じ取っていきます。
**「親の本棚」は、
一種の“価値観のプロフィール”**です。
例えば、
「教育」「医学」「哲学」などの本が
自然とリビングに並んでいる家で育てば、
子どもにとってそれは
“当たり前の背景”になります。
- 「野口英世って誰?」から始まる医学への憧れ。
- 歴史や哲学の本を通して、「過去の人の考え方」に触れる時間。
- 世界の国々の写真集から、地球の広さを感じる瞬間。
それは、「読みなさい」と命じるものではなく、
「この家では、こういうテーマが大切にされているんだな」
と、
子どもが自然に受け取っていくメッセージです。
親が楽しそうに、
真剣な顔で、
ときには笑いながら、
時には眉間にシワを寄せながら。
“本と向き合っている姿”を見せること自体が、
子どもへの最高の読書教育だと感じています。
6.マンガも、本も。線を引きすぎない「共存」の棚づくり
もう一つ、大事にしているのが、
マンガと本を、敵同士にしない
ということです。
マンガには、マンガの良さがあります。
- ストーリーをテンポよく追う力
- コマ割りから“時間の流れ”を感じ取る力
- 絵とことばを組み合わせて理解する力
学習マンガだって、
歴史や科学の導入にはとても心強い味方です。
だから本棚の中でも、
- マンガだけを“別のコーナー”に追いやらない
- 「ここは勉強の棚、あっちは遊びの棚」と
あまりにもきっちり線を引きすぎない
ことを意識しています。
世界名作の児童書と、
その作品をマンガ化した本が
同じ段に仲良く並んでいることもあります。
- まずマンガでストーリー全体を理解してから
- 活字の本にチャレンジしてみる
というルートだって、
十分立派な読書です。
大事なのは、「読んだかどうか」ではなく、
「その世界にどれだけ浸れたか」
本棚の中で、
マンガと本が共存している光景は、
子どもにとってもきっと安心感のある景色だと思うのです。
7.高原の本棚がくれる、「時間の流れ」の感覚
森の中の別荘の本棚には、
古い本もたくさん並んでいます。
- ヤケた文庫
- カバーの擦り切れたハードカバー
- 書き込みだらけの専門書
新刊ばかりではなく、
こうした“経年変化した本”が混じっているのも、
子どもにとっては一つのメッセージです。
「本って、こんなに長く家にいて、
ずっと読み返される存在なんだ。」
高原の静けさの中で、
娘がふと手を伸ばした本が
何十年も前に出版された一冊だったりすると、
時間の流れの大きさを感じます。
- 自分が生まれる前に書かれた本を、
今、自分が手にしている不思議。 - 遠い時代の人の言葉が、
今の自分の心にすっと入ってくる感覚。
これは、
デジタルの世界だけではなかなか味わえない感覚です。
本棚には、「時間」が積み重なっている。
そのことを、
娘にもいつか実感してもらえたらいいなと思っています。
8.「本と友達になる」って、どういうことか
私は、
「本と友達になれる子であってほしい」
と願っています。
ここでいう“友達”とは、
- 必要になったときにだけ都合よく呼び出す存在ではなく
- 嬉しい時も、落ち込んでいる時も、
ふと会いたくなる存在
のことです。
- 楽しくて仕方がないとき、一緒に世界を広げてくれる本。
- 悲しいとき、そっと寄り添ってくれる物語。
- 迷ったとき、違う視点をくれるエッセイ。
- 将来を考えるとき、背中を押してくれる伝記。
本棚がそういう“友達候補”で埋まっていたら、
子どもはいつでも、
そこから誰かを選び出すことができます。
「あなたには、いつでもここに“会いに行ける友達”がいるんだよ。」
そのメッセージを、
本棚を通して伝えたいのかもしれません。
9.おわりに:リビングの一段は、親から子への“無言のラブレター”
リビングの本棚の一段。
そこに何を並べるか。
それは、
親が子どもに向けて出している
**“無言のラブレター”**のようなものだと思っています。
- この世界はおもしろいよ。
- いろんな考え方があるよ。
- いろんな生き方があるよ。
- あなたがどんな道を選んでも、
きっと世界のどこかに“味方になる一冊”があるよ。
そんなメッセージを、
背表紙たちに託している。
二拠点生活で行き来する両方の家に、
ぎっしりと本が並んでいるのは、
私にとってのささやかな誇りであり、
娘への静かな約束でもあります。
「本と友達であるかぎり、
あなたの世界は、いつだって広げ直せる。」
そのことを、
これからも本棚を通して伝え続けていきたいなと思っています。
