ありがとうを伝えた次の日──記憶はもう、子どもの中に根を張っている
9月15日、敬老の日。
きっと多くのご家庭が、
おじいちゃん、おばあちゃんに“ありがとう”の気持ちを伝えたことでしょう。
でも、本当に大切なのは、その翌日から何を育てていくかだと、私は思うのです。
祖父母と過ごした時間を、
一日限りの行事で終わらせてしまうのか、
それとも、
子どもの中に深く根づく“人生の軸”として育てていくのか。
その差を生み出すのは、
高価なプレゼントでも、特別な場所でもありません。
家庭の中にある“日常の継承力”です。
👴 祖父母という存在は、子どもの「心の骨格」を育てている
✅ 1. 「無条件の愛」は、親にもできない“心の居場所”をつくる
子どもがわがままを言っても、成績がふるわなくても、
怒られるどころか「まぁまぁ」「いいのいいの」と笑ってくれる存在。
それが祖父母です。
親がしつけや教育の役割を担う中で、
祖父母は**「そのままのあなたでいいよ」と受け止めてくれる最後の砦**。
この無条件の安心感こそが、
子どもにとっての「自分であっていい」という自己肯定感の根源になります。
✅ 2. 「過去」を生きてきた人の言葉は、未来に向かう子どもの灯になる
子どもたちは現代のスピードに巻き込まれ、
“目先のこと”しか見えなくなってしまいがちです。
でも──
祖父母の話には、
- 台風のときに懐中電灯を囲んだ思い出
- お金がなくてもお弁当を分け合った青春
- 家族を背負って生きてきた忍耐
- 笑顔の裏にある苦労
そんな“時代と人間の重み”が詰まっています。
それを聞くことで、
子どもは「人生には深さがある」と知るのです。
✅ 3. 「生き方」の背中が、子どもの“言葉にならない価値観”を育てる
「おばあちゃんは、いつも朝に仏壇に手を合わせていたね」
「おじいちゃん、毎日草むしりしてたなあ」
「テレビはつけてなかったのに、静かで安心できたね」
それは何の教科書にも書かれていないけれど、
“人としてどうあるか”を教えてくれる生きた教材です。
こうした風景の一つひとつが、
子どもの“人生の手触り”を作っていくのです。
🕯️ わが家も、片方の祖父母を見送りました
私の家庭でも、
娘にとっての“もう会えないおじいちゃんとおばあちゃん”がいます。
写真を見て、「この人誰だっけ?」と聞かれたとき──
私は、はっきり答えるようにしています。
「あなたが生まれるずっと前、
でもね、あなたがこうして笑っていられるのは、
この人たちが人生を懸命に生きてきたからなんだよ。」
亡くなっていても、
祖父母は「過去の人」ではありません。
“今の私たちを作ってくれた人”なのです。
📚 “記憶の継承”──5つの家庭でできる習慣
✅ ① 写真を「語る時間」にする
アルバムやスマホを開いて、
ただ見せるのではなく、その写真に“物語”を添えてください。
- 「このときね、おばあちゃんが栗をむいてくれてたのよ」
- 「おじいちゃん、昔からああやって黙ってやってたんだよ」
- 「あなたが初めて歩いた日も、この部屋だったの」
言葉を添えることで、写真は“記録”から“記憶”に変わります。
✅ ② 「ありがとう日記」を1行だけでも書く
祖父母と会った日だけでなく、
祖父母の話を聞いた日、祖父母のことを思い出した日にも書かせます。
- 「おばあちゃんが大根を切る音、まだ耳に残ってる」
- 「おじいちゃんが、“手を抜くな”って言ってたのを思い出した」
これは、“存在の痕跡”を、子どもの言葉で記録する作業です。
✅ ③ 「声や言葉」を記録しておく
もう会えない祖父母の声。
でも、たとえ記録が残っていなくても、
「おじいちゃんってこういう声だったよね」
「おばあちゃん、“○○するんじゃないよ”って言ってたね」
そうやって**“語り継ぎ”を日常に残すこと**も、
大切な記憶の継承です。
✅ ④ 季節の風物詩に“祖父母の記憶”を添える
- 栗を見たら「おばあちゃんがよく栗ごはんを作ってくれたね」
- 朝露を見たら「おじいちゃん、毎朝あの時間に散歩してたな」
- 和菓子を食べたら「“甘すぎるのは野暮だ”って言ってたね」
こうした**“季節と記憶”を結びつける習慣**は、
「亡き人が、今も暮らしの中にいる」と感じさせる時間になります。
✅ ⑤ 子どもが大人になったとき、「語り継ぐ力」を持てるように
子どもが自分の子にこう言えるように──
「昔、おばあちゃんがね…」
「おじいちゃんは、こういう人だったんだよ」
その未来の語り手になれるように、
今、私たちが「語り残す」必要があります。
子どもは、大人になってから思い出します。
思い出したときに、言葉として形になっていること。
それが、「人の記憶を受け継いだ人」としての、最初の一歩なのです。
✍️ 最後に──“いない人と生きること”も、家庭の大切な教育
敬老の日が終わった翌日。
もうお祝いムードではないけれど、
だからこそ、「何を残すか」「どう受け継ぐか」を考える時間にしたい。
- 祖父母がくれた愛情
- 静かな背中の記憶
- 食卓に並ぶ知恵
- 使い古された言葉
- 「ありがとう」と言いそびれた想い
それらを、
**“未来に向かって言葉にすること”**が、
今、家庭にできる“記憶の継承”なのだと思います。
もう会えない祖父母にも、
今そばにいる祖父母にも、
これから大人になっていく子どもたちにも──
この9月が、
命がつながっているということをあらためて感じる、
静かで、あたたかく、意味のある時間になりますように。

